(ほぼ日刊イトイ新聞 - 天久聖一の味写道から)
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(ナタリー - 星野源、初の野音ワンマンから)
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「午後の日」岡本太郎

「午後の日」岡本太郎

してもらって、うれしかったことをしたい。
 されてイヤだったことは、したくない。

ちなみに、オニギリの説明を、
「陸の米を海の海苔で包み、人の気持ちで固めて、
中に真心を込める。これがオニギリだ!」と説明したら、
何故か、マッチョな水夫さんが泣いた。

Chuck Berry - Johnny B. Goode live (by Helminen1)

・「いい考え」ってものは、どうやって生まれるか。
 これについては、もうね、みんなが考えてますよ。
 だって、「いい考え」が欲しいもん。
 「いい考え」さえあれば、そこに肉付けしたり、
 それを蒔いて育てたり、そのまんままるごと使ったり、
 いろんな可能性があるもんね。
 
 ぼく自身、どれほど「いい考え」を生んだことがあるか。
 ま、たいしたものじゃないのは承知だけれど、
 ぐずぐずしててまったく「いい考え」が出ないときと、
 すっすっすっと流星群のように、
 「いい考え」が降ってくるときがあるんですよね。
 
 これが、ほんとうに説明しにくいことなんです。
 ちょっとでも、法則化したいとは思うのですが、
 捕まえようとすると、ぬるっと逃げるうなぎのように、
 なかなか捕まってくれない。
 でも、たまに「これかな??」と思うことがあるんです。
 今回、思ったのは、
 <やっぱり、感じることだ>
 ということでした。
 考えても考えても、「いい考え」にはならないんで。
 「感じる」ことができたら、「いい考え」が生まれる。
 
 「気持ちいい」でも「不自由だ」でも「めずらしい」でも
 「うれしい」でも「きれいだなぁ」でも、
 そういう「感じ」が、ものすごく小さな、
 ピンポイントの枝の先に止まってることがあるんです。
 大きい「感じ」や、経験済みの「感じ」や、
 みんながよく語る「感じ」の他に、
 「んっ」って思う「感じ」を、感じられたら、
 それはもう「はだかの赤んぼう」のような
 「いい考え」なんです。
 
 散歩したり、お風呂に入ったり、新しい仲間に会ったり、
 旅に出たり、すっごく困ったりすると、
 「感じ」が見つかりやすくなるんですよね。
 ‥‥ってなことを、言いたい、書きたい気分だったので、
 すなおに、そういうことを書きました。
  もう一回、言おう、<やっぱり、感じることだ>。

(ほぼ日刊イトイ新聞 - 気まぐれカメらから)